内への問いかけ
今のつらい時期をどうやり過ごすか―
というのがこの本をとったきっかけになった。
この巻は、自分の生き方に疑問を持つ主人公が、自分の生きる道を求めて家を出た後、諸国を歩き、人との出会いの中で自分を見つめていく―そんな内容です。
?人が生きてゆくということは、無知な自分を発見しつづけるたのであるようだ?
人との出会いの中で常に自分と向き合う姿勢が、
この若さで身についてるということが、
呂の素晴らしいところだと思う。
?農業の実態を知ることは、従事しない人間には何の益にもならぬと言えなくはないが、人の命を支えている根元的なありようを知ることは、人の内側のかまえをつくることになるのではないか?
特に黄外に出会って農業に目を向けるところなどは、
大いに共感できた。
とかく影響されやすく、自分以外のものになりたがるというのが自分の年少期の特徴ともいえた。
でも、呂は自分と向き合い、自分の頭で考え、その行動に自ら責任を負う。
地に足をつけた生き方だと思う。
要は、人を通じて何かを感じれるか。自分を見つめることができるか。
人間生きてりゃ、誰かと出会う。
大物に出会うか否かは問題じゃないと感じた。
『奇貨居くべし』(春風篇、火雲篇、黄河篇、飛翔篇、天命篇)
中国古代史の真髄に迫る大著だと思います。
当時の世情や人間関係の妙を巧みに表現しており、初心者には受け入れ易い作品であり、熟達者にとっては思考に訴えかけてくる刺激的な作品であると思います。
また、秦の始皇帝ばかりが強調される時代における呂不韋の存在と影響を知ることのできる稀少な作品ではないでしょうか。
乱世を活き活きと生きる
秦の始皇帝の父ともいわれる呂不韋。韓の商人の子として生まれながら、 魏、趙、秦、楚と旅を続け、道家の門をくぐり、儒家の孫子遭い、魯仲連 に学び、人相見の唐挙にも親愛され、若くして孟嘗君の賓客となり、また 超や楚などの有能な貴顕の臣にも一目置かれる存在となる。 様々な人物との出会いが、苦難の中にも彼を成長させ、また苦難を楽しみに代えてゆく生きる強さが活き活きと描かれている。 呂不韋の波乱に満ちた青年時代を記した作品。 呂不韋が立ち止まって考えれば、呼んでいる読者もついつい自己を省みて 私はどうだろう・・・と考えられる。 春風編、火雲編、黄河編、飛翔編、天命編と一気に読んでしまいたくなる 作品。
自らの生き方を問う
秦の始皇帝の父ともいわれる呂不韋。韓、魏、趙、秦、楚と旅を続け、 乱世の時代の波に翻弄されながらも、自らの生き方について、常に正面 から向き合って問い、悩みながらも人としての器を大きくしてゆく呂不韋 の青年時代が描かれている。孫子、孟嘗君らとの出会いや別れが、彼を人 として更に大きく飛躍させる。 混沌とした現代社会の中で生きる私達の孤独や苦悩にも投影すること ができ、前を向いて苦難を乗り越えて行こうという活力を与えてくれる 一冊。さりげない言葉のやりとりや描写までいきいきと蘇り、心にしみ わたる本です。
中央公論新社
奇貨居くべし (黄河篇) (中公文庫) 奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫) 奇貨居くべし 天命篇 (中公文庫) 奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫) 香乱記〈3〉 (新潮文庫)
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